最後に

ファッションデザイナーには同性愛者が多い?

ファッションブランドは、デザイナー本人が亡き後も継続して発売される

ファッションと同性愛者文化が根強いこと、特にアメリカやイギリスを始めとした同性愛者文化とファッション業界において非常に大きな繋がりを話してきましたが、思うところとしてはその圧倒的なセンスが時代を超えて受け継がれているということだ。デザイナー本人のことを知らなくても親から子へと伝えられるようにファッションは利用されていく。その過程において発売されるその時代の流行を購入することで新たなファン層が築き上げられていく。それこそある意味二世、三世といったばかりに一家総出でそのブランドの愛好家として購入することになるのもあるだろう。アレキサンダー・マックイーンのような非業の死を遂げてしまったもののブランドであったとしても、その後支援者がいるのであれば継続して代役となる人間を筆頭にして商品展開が行われていく。

但しその時代において最も出来のいい商品、しかも創設者本人がデザインした商品を購入すると言うのはやはり本人あってこそ可能なことだ。本人がこの世から去ってしまった場合、その後人気を博してた商品は時として生産を行えなくなってしまうこともある。ディオールやローランなどもそうだが、そういう意味では先ほどお話したアレキサンダー・マックイーンの作り出したブランド商品は今ではもはや手に入れることが出来たらそれこそ凄いと、ファンなら喉から手が出るほどに購買意欲を欲するものばかりとなっている。その中でも特に有名な作品となっているのが、こちらもレディー・ガガなどが使用するなどして知られることになった作品であり、もはや芸術作品として称する方が正しいとも言えるようなヒールである『エイリアン・ヒール』というものがある。こちらはハリウッド映画としてよく知られている『プレデターシリーズ』などに登場する異星人をモチーフとしたヒールを生前発表しており、その圧倒的かつ足元への注目度としては既存の作品などとは比べ物にならないほどの存在感を醸し出しているものがある。発売当初こそ異形すぎる姿に敬遠されがちだったが、やはりそこは天才と呼ばれただけのデザイナーが作り出した作品ともなって、あっという間にショップで飛ぶように売れたという。

現在においてはショップなどで在庫などの生産や入荷といったスケジュールは立っていないため、事実上の生産終了を告げられてしまったことを暗に意味していた。そのため、中にはなんとしても入手しようとしているものもいるが、オークションなどで見かけることはないだろう。生前に爆発的な人気を誇っていたデザイナーの作品ともなれば、その値段は計り知れないような高値で取引されることになるのは間違いない。ショップで購入した人も店頭での値段は決して安いモノではないことだけは確かなはず、そういったことを全て込みで考えると購入できた人にとってはある意味幸運だったのかもしれない。それこそ履かないで大切に保管していることで価値を高めているのかもしれない。

別段同性愛者だけが成功するわけではない

何度となく同じことを書くことになるが、ファッションデザイナーとして成功するには同性愛者でなくてはならないというわけではない。たまたま成功している人間がそうであるだけだと考えた方がいいだろう、もしも成功するためにセクシャル的なものが一般的であるにも関わらずに同性しか愛せないなどと設定したとしても化けの皮は剥がれてしまうものだ。そしてそれで怖い事はそうしたことをすることによって、ただでさえマイノリティ社会と見られがちな同性愛者達がそうした人々の偏見と思い込みによって精神的苦痛を味わわせられることもあるからだ。

自分たちの文化に明らかにそちら側に立っていない人間の土足を踏み入れて、単純に金儲けの為に利用しているだけの人間の行動は本当に苦しみ悩み続けている人の心の傷を抉るようなものだ。これは日本の芸能界などでよくありがちなことだろう、騙すという行為に対して特に人というものは敏感に反応するものだ。騙されたと認識した瞬間、たちまち評判は地に落ちる。またあらぬ誤解と風評被害などを蒙るようなことになれば、それだけで関係のない人々へと派生することになってしまう。

アメリカやヨーロッパで活躍している、もしくはしていたこうした同性愛思考者のデザイナーの中には実際に苦しんでいた人もいたことは考えるまでもない。いつしかそうした性癖であることに対して吹っ切れたことで、むしろ悩んでいる人々を励ますという意味で活躍している人も多い。そうした人々は大義名分という壮大なものはなくても、自分というものを偽ることなくありのままに表現することによって、ファッション業界に旋風を巻き起こすような人材が頭角を見せている。ファッションデザイナーというモノは常に自分との闘争であり、そして自分の中に在るセンスによって作り出されるものだからこそ、自分というものを設定という隠れ蓑を用いてはより良い物が誕生しないのかもしれない。こうした姿勢は日本も見習う必要があるかもしれない、既存の作られたイメージで仕立て上げられた虚像ほど醜いものはない、あるがままに表現することこそどの業界においても成功へと繋がる鍵なのかもしれない。

ファッションデザイナーには同性愛者が多い?