ジャンニ・ヴェルサーチ

ファッションデザイナーには同性愛者が多い?

悲劇的な最期を遂げたデザイナー

人生など何が起きるか分かったモノではない、それこそいつ死ぬかなど誰にも分からないことだ。では逆に自分が死ぬタイミングというものを知っていたとしたらどうだろうか。まず考えたくないのはどうしたら死を回避できるのかということだろう。しかしその結末を変えることができないとなった場合等があればもはや受け入れるしかないのかもしれない。死という生物における極限的な最期を迎えることになるならどうせなら、と望む死に方というものが人によってはあるかもしれない、しかしそれさえも望むことすら許されずに非業の死を遂げてしまう人もいる。

そんな悲しい最期を遂げることになったのは『ジャンニ・ヴェルサーチ』であり、イタリアを本拠地として活動していた『ヴェルサーチ』ブランドの創設者でもある。彼もまた世界的に有名なファッションデザイナーの一人として数えられており、特にイタリアはミラノにおいてはアルマーニ氏と『ジャンフランコ・フェレ氏』の3人合わせて『ミラノの3G』と呼ばれるようになっていました。歴史的な見解においては既に述べる点などは先ほどまでに紹介していた人々でお話している通りなので、ここでは彼のブランドについて少し話をしていこう。

ヴェルサーチブランドの特徴

ヴェルサーチが作り出したブランドの特徴としては『華やかで芸術的な作品』となっているものが多く、多くの美術館で回顧店が開催されているほど人気を博しているブランドとなっている。そんなヴェルサーチブランドの戦略として成功を博した例としては、1994年にてモデルの『エリザベス・ハーレイ』が着用した黒のドレスをきっかけにしてヴェルサーチブランドが話題性を富むようになった。その後2000年にはオーストラリアのゴールドコーストにてホテルを開店し、内装やインテリアなどがすべてヴェルサーチのデザインとしてオープンするなどの動きを見せている。

しかしこのホテルの開店時期になると、既に創設者であるジャンニ氏は他界しているため、その後のブランドを継承した妹さんの活動方針の一貫だと考えた方が早いかも知れない。ただこの頃ジャンニ氏が死亡することになる1997年においてはまだ50歳という若さだったのです。ここで1つ結論を言うと、ジャンニ氏は殺害された為にまだ続くはずだった生涯に幕を下ろしてしまったのです。では何故そのようなことになったのか、話をしていこう。

猟奇的な殺人鬼とジャンニ・ヴェルサーチの最後

ジャンニ・ヴェルサーチの最期を話すためにはまず本人の生い立ちを少し話をしていかなければならない。ジャンニ氏は生まれは売春宿近くにある民家で生まれ育ち、母親の影響からファッション関係の仕事に興味を持っていたことからその歴史が始まる。その後デザイナーとして成長して行くと、やがて80年代からはアルマーニ氏と渡り合うほどにブランドの箔をさらに付けて行く事になる。ただこの頃彼のブランドは女性を性的玩具として表現しているような服装だとして糾弾する声も上がっていましたが、当時からマドンナを始めとした有名女優達がブランド商品を身にまとって宣伝を行っていたことで非難などを徐々に受けなくなっていきました。しかしジャンにし本人に対する噂というものも存在していた為に、何かと黒い影が付きまとっているとも考えられていました。そんな中で、ジャンニ氏に1つ怪しい影が迫っていたのです、それが1997年7月15日におきたサウスビーチにおけるオーシャン・ドライブに豪邸を構えていました。豪邸に帰って敷地内にはいろうとすると、そこにジャンニ氏に声を掛ける一人の男性がいました、男性とジャンニ氏はそれなりにお互いに顔を併せたこともある関係だ、それは主に性的な関係という意味でだ。

ジャンニ氏もかなりオープンに自身の性癖に関して大っぴらにしていたところもあり、この頃はコレクションやその他のレセプションなどにおいて自身のブランドの最高級服と美男を連れて現れていたことも有名なことでした。そしてそんなジャンニ氏の豪邸の前で待ち伏せをしていたのは派手な生活の中で同様の同性愛者の愛好会などで知り合いになった『アンドルー・フィリップ・クナナン』という、高級男娼でした。

何を話していたのか等については詳しい情報は分かりませんが、門の所で口論を繰り広げるほど険悪なムードとなったとことでこのクナナンが恐るべき行動に出たのです。それは隠し持っていた40口径の大型銃を持ってジャンニ氏の頭部を打ち抜いたのです。初弾で確実に致命傷となり、挙句二発目を打ったことで頭部を完膚なきまでに破損させたのです。その後クナナン氏は逃走しますが、後に自害している死体が発見されたという。それ以前からすでに指名手配されていたクナナンは同性愛者の中でも知る人ぞ知る有名人であり、そんな彼はジャンニ氏を殺害した理由についてはベッドで寝てくれなかったということが原因ではないといわれている。

何にしても逆恨みどころか、わけの分からないまま殺されてしまったのだ、こうしてみると人間なんて呆気なく簡単に壊れてしまうものだと改めて痛感してしまう。業界の中で確かにその地位をものにすることに成功したジャンニ氏の最期は逆恨みによる他殺という結末を迎えてしまうのだった。その後ヴェルサーチにブランドは彼の娘が引き継いで現在まで発展を続けているという。非業の死という結末を迎えたジャンニ氏は何を最期に考えていたのだろう。とにかく彼はこんな所で死ぬはずはないと、彼自身も考えていた事は間違っていないだろう。

ファッションデザイナーには同性愛者が多い?